食品業界に棲む日々

「食品業界のつながりをデザインする」というミッションで食品業界向けのサービスを展開している株式会社リンクアンドシェアの代表の中間秀悟です。

食品業界に棲む日々

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はじめまして。

株式会社リンクアンドシェアの代表の中間です。

 

僕らは食品業界、その中でも食品BtoB業界に関わっている企業です。

 

「食品業界は日本人の食生活を担っている!」

という誇りを持っている訳ですが、

こんなに大事な事業なのになかなかにみんなが儲かっていない業界でもあり、

問題が山積みされている業界でもあります。

 

僕がこの業界に入ったのは13年前の29歳の時。

 

とにかく驚きの連続だったのを覚えています。

 

結婚した奥さんの実家が食品原材料問屋を営んでいて、

結婚と転職と二世帯住宅を建てるという人生の大切なイベントを1年でこなし、

「あとはお葬式くらいしか大きなイベントないっすね」などと当時言っていました。

 

全く違う業界にいたので驚きの連続。

まず業界用語が分からない。。。

 

「じゃあ、チョーアイどうします?」

(チョーアイ?ちょーあい? 何言ってるか分からん。。。)

「チョーアイについては検討しておきます」

(とりあえず後から調べよう。メモメモ)

 

チョーアイ=帳合という漢字で、簡単に言うと仕入れる卸問屋のことを言うのですが、それすら分からない状態からの全く華々しくないスタートを切りました。

 

奥さんの会社は、社員が10人くらいいました。

当時社内にパソコンは2台だけ。

 

見積書やサンプル依頼は全て手書き。

メールは少しずつ使われ始めていたもののほとんどの連絡は電話かFAXでした。

 

「中間さん、取引先の人がメールで送るとか言ってるんですけど。。。」

「送ってもらったらいいやん。どしたん?」

「僕インターネットとか使えないんですけど。。。」

「メールのことインターネットとか言うなよ!笑」

というスタッフとの不毛で不安な会話。

 

カツオエキスやゆずパウダーなどの原材料を製造工場に販売する仕事だったのですが、原材料メーカーから工場までにたどり着くのに帳合が3社とか入っていると非効率の無限地獄。

 

 

「24日に納品してもらいたいんです」

「24日は無理ですね」

「じゃあ、25日はどうですか?」

「25日も無理ですね」

「26日なら調整すればいけるかもしれません」

「では調整お願いします」

「確定したら連絡しますね」

 

みたいな会話を工場と原材料メーカーと問屋の合わせて5人が

「バケツリレー&往復ビンタの数珠つなぎの伝言ゲーム」を何度も繰り返し、

終わる頃にはもう夕方。

 

「いやあ、今日も仕事したな!」

「よし、飲みにでも行くか?」

「いいっすねえ」

 

出来てないから!

全然良くないから!!

無駄しかないから!!!

 

最初は何だか呆然としていたのですが、フト思ったのです。

 

これすごいチャンスなんじゃないか?

自社を効率化してお客さんに価値を提供できれば勝てるんじゃないか?

 

それからは、食品業界を眺めて他のライバル問屋を研究しながら

誰もやっていない領域の事業や方法を試行錯誤していきました。

 

オリジナル食品の企画開発、WEBの活用、日本の食品原材料の社内DB作りなど

やればやるほど他社との差別化ができて事業が伸びていくのがとても面白かった。

 

事業を進めていく中で、通販会社やスーパーや給食や外食チェーンのバイヤーと

企画をすることが多くなっていて、もう捌ききれないくらいの沢山の仕事を

もらえるようになっていました。

 

当時の僕らのバリューは

「部品である食品原材料のデータベースを持っていること」

「それを組み立てる製造工場に数千社アクセスできること」

「それらをつなげて企画・開発・コーディネートができること」

でした。

 

東京や大阪の買い手企業は差別化を図るために

企画やパートナーになる工場を探している。

 

一方で

製造工場に行くと「仕事がない」と言っている。

 

双方にマッチングするニーズが存在しているのに

うまくいっていないという明確な問題点がありました。

 

10年くらい経ったある日、ある出来事をきっかけに

「食品業界自体を変えてみたいなあ」

「何とか出来るんじゃないか」

「やるとしたら僕しかいないのではないか」

と考え始め、やがてそれが止まらなくなり、頭の中はそのことで一杯に。

 

熱病のようにそれに取り憑かれて、

気がつけば奥さんの実家の会社を退職し独立していました。

 

今もその熱病はますます進行していて、

大阪に家族を残して製造工場が多いという意味で

重点地域である九州にアクセスしやすいように

福岡のオフィスに人を増やしながら住んでいます。

 

東京に多い買い手企業。

地方に多い製造工場と生産者。

 

この先、東京、大阪、北陸、東北、北海道、海外。。。

どこに住むかは分かりませんが、食品業界を終の住処に決めて

頑張っていこうと思います。

 

という訳でブログ名は「食品業界に棲む日々」です。

 

皆様どうぞよろしくお願いします。